日本のマンションは世界で最も厳しい構造基準で作られているにもかかわらず、これまで30年程度で建て替えになるケースが多く欧米に比べると半分以下の寿命で運用されています。大金を支払って大規模修繕をしても結局30年から40年程度で資金難から破綻してしまう原因に関してこれまでの記事に引き続きご説明いたします。
最初にご確認ください
お話を進める前に1つだけ。
長期修繕計画書の中身に関して
「有名なデベロッパーさんから買ったので問題ない」
「よそのマンションの問題、自分のマンションは関係ない」
「一度管理会社に修正してもらったのでもう大丈夫」
とお考えの方もどうか一度以下の事をご確認ください。
以下の項目は全て築後24年目から30年目付近に工事が計画されているはずです。
所有されていますマンションの長期修繕計画書を開いて以下の項目があるかご確認ください。
確認 1 修繕項目に 受水槽の交換 がありますか?
(マンションに受水槽が設置されて無い場合は項目が無くてOKです)
確認 2 修繕項目に ガス管の交換 がありますか?
確認 3 修繕項目に 排水管の交換 がありますか?
これらは基本事項ですので専門家が作成した長期修繕計画書なら抜けていることはないはずです。
なぜなら抜けていれば 突然水が使えなくなったり ガス漏れ事故や爆発が起きる ので普通は流石に忘れたりはしません。 これらが抜けている場合は非常にずさんな長期修繕計画書という事になります。
上記の例が1つでも抜けている場合、その長期修繕計画書は
◆知識のない方によって作られたもの
◆意図的に項目を削除して安く偽装されたもの
のどちらかです。 実はここに示しているのは一例で、上記に該当する場合は、更に多くの項目が抜けていると思われますので、この記事を最後までお読みの上、必要な対応を1日も早く行うようにしてください。
※受水槽は知識のない方が作るときに忘れやすい項目の一例として選びました。
他にも同じような条件の項目が幾つかございます。
※配管工事は工事費を低く見せるために 意図的に削除される修繕項目の代表として選びました。
他にも同じような条件の項目が幾つかございます。
長期修繕計画書の問題
安すぎる修繕積立金
そもそも、お金が無くて修繕ができないという問題を未然に防ぐために長期修繕計画書というものが用意され、それを根拠として修繕積立金が設定されているのですが、近年、販売時の問題として多発しているのが、月々の生活コストを低く見せようと意図的に安めに修繕積立金を設定して販売されることが増えているというものです。これを危惧した国土交通省がガイドラインを出すほどの大きな問題となっていて、「これ以下の金額で積立金が設定されているマンションを買うときはご注意ください」と具体的な金額まで公表している状態です。
私がここまでに拝見した長期修繕計画書は有名なデベロッパーさんのものや管理会社さんが修正されたものも含め、全てで不備が見つかりましたが問題なのはその間違いの程度です。少額であれば何とか対応可能なのですが、かなり大きな金額の項目も抜けていることが多いです。 中には上記に書いた3例に加えて、機械式駐車場の(部品の保守費用ではなく)本体取替え費用(数千万円)が丸ごと抜けていたというずさんな計画もありましたし、エレベータの種類などを全く確認せず通常の装備で計画されていた事もございました。 つまり大きな見落としや計画書作成者の知識不足による間違い(又は意図的に削除している)が含まれる例も散見されました。 長期的に見ればマンションを構成するものは構造部分(躯体)以外は全て取替えの対象ですので取替えにかかる費用が抜けていると言う事は、その部分が壊れたとき交換するお金(予算)が無いという事を意味します。同様に敷地内にある全ての工作物等も修繕の対象ですので想定寿命内に壊れる場合は補修または交換する予算が必要ですので長期修繕計画書に計画して予算を確保してないとおかしいと言えます。 また1つ1つは50万円程度のものでも10個見逃せば500万円見逃したことになるのですが、この手のミスも殆どの長期修繕計画書で見つかりました。これまでに拝見してきました長期修繕計画書に関して一言で言えば、1つ1つのマンションに適正な計画書を作るのではなくテンプレートのようなものが存在し、それに条件を放り込んだだけで出てくるものが使用されている事が多いという印象を受けました。
少なくとも30年から40年までは問題なく運用できる長期修繕計画書というのが安心して暮らせるマンションの最低条件ですが、私が拝見させていただいた中では、この基準にすら達していないのが8割程度という印象で、60年、80年という長期的な運用を視野に入れると殆どのマンションは資金不足になると考えております。
また意図的ではない(計画作成者の能力不足の)例として一級建築士ではない人が作った長期修繕計画書の存在もこの問題を更に大きくしています。 現時点では長期修繕計画書はマンションオーナー様が個人的に作っても、管理会社さんが作っても法的には問題ないとされており、実際に専門知識の無い方により作成された長期修繕計画書が多く使われている為、私たち一級建築士が築12年目などに大規模修繕コンサルタントとして初めてお伺いし、計画書を拝見した時には既に大きな資金不足の状態で1回目の大規模修繕から必要項目の一部が行えないというのもよくある事です。
具体的には、単価を200円で計画すべきマンションで100円という破格の単価で12年間もの間 修繕費を積立ててこられた場合、単純計算で半分しか資金が貯まっていないことになります。 そのような状態では良い修繕を計画を行う以前に、資金難の中どのようにして必要な工事を行うか?そのためには何を諦めていただくのか・・・といった苦渋の決断を迫る事を余儀なくされてしまうのです。 また管理組合様としても今更急激な値上げは反対する方々も多く十分な値上げをするのが難しい為、ここから先は常にマイナスのままのマンション運営になりますので資産価値の向上や長期運用どころではなくなり、毎回出てくる問題を解決するのがやっとという状態になります。
よくある長期修繕計画書の問題点
想像しやすいように簡略化した図を作りました。
A の工事項目は6年周期で実施。
毎回同じ工事を繰り返し
B の工事項目は12年周期で実施。
毎回同じ工事を繰り返し
C の工事項目は15年周期で実施。
1回目は更生工事(安価)2回目は更新工事(高価)
D の工事項目は40年周期で実施。
半世紀に一度級なので毎回非常に高価な工事となる
と仮定します。
赤い線は大規模修繕工事を示し12年目、24年目、36年目に計画されているとします。
ここでは36年目までの長期修繕計画書だと仮定します。
まず、よくある意図的な項目飛ばしに関してご説明します。
作成者が何らかの理由で修繕費を安く見せたい場合、高額工事項目を飛ばしてしまう事で工事金額の総額を低くするという意図的な項目飛ばしが行われます。
※そもそも単価200円で計画すべきところを単価100円で計画するには工事費用の総額が半分になる計画書を作らないとつじつまが合わなくなるのでこのような項目飛ばしが行われています。他にも異常なほど低い工事費設定などの手口もございますがこれらは今後機会があれば詳しくご説明いたします。
上図の C の例になりますが
よく飛ばされるのが配管更新工事(ガス管・下水管・上水管の交換工事)ではないかと思います。
注意 1
更新工事(新品に取り換え)は高価なので飛ばされますが
更生工事(補修のみ)は入っていることがあります。
ですので更生工事が入っていることで安心なさらないでください。
注意 2
上図はあくまで一例であり各項目の周期は計画書の作成者により異なります。作成者によっては24年目に配管の更新を入れる方も居られます。
上図の C の例のように1回目だけ入っていて2回目以降の項目が(一部または全部)抜けている計画書も存在します。配管工事はガス管、上水管、下水管、付帯工事まで入れればこれも住戸数が100戸規模のマンションで軽く1億円を超える工事なりますが、これまでに拝見した長期修繕計画書では、この高額項目が丸ごと抜けているケースが目立ちました。
他にも機械式駐車場のメンテナンス費用(全て加えれば決して安くないですが1回1回の費用は少額)は入っているのに新しい機械式駐車場に全面入れ替えする更新費用(こちらは非常に高額)が削除されていることもあります。
更に別の例として
上図の D の40年周期の工事項目のように(上図の例で言えば36年の)計画想定期間中に出てこないという理由で計画から完全に消されてしまうという事も多発しています。金額が低い工事なら問題ありませんが、100戸規模のマンションで1億円相当の工事だとしたらいかがでしょうか? 36年目に長期修繕計画書を作り直した途端に1億円の工事が突如出現し、それを4年で貯めなくてはいけないという無茶苦茶な状況に追い込まれるのです。
本来なら最初から計画に入れて長い期間で貯めていく必要があるのに36年目までに出てこないからという理由で省略されているのです。
注意 3
一定期間ごとに専門家に建物を調査させ、その都度長期修繕計画書を見直し修正を加えておられればこのような問題は早期に発見できます。
注意 4
まだまだ抜けている項目は多数ございますが今回の記事では概要をご理解いただく為に代表例だけを示しました。
つまり大金をかけて計画書に記載されている1回目から3回目までの大規模修繕を完了しても尚、抜けている工事が沢山ある場合は資金不足でその先の工事ができなくなるという事です。
この時点でお気づきだと思いますが
「大規模修繕をすると建物が長く使える」というのは必ずしも事実とは限らないという事であり、計画書がずさんな内容なら30から40年以降高額な予算を必要とする工事が出てきてしまい管理組合が資金面で破綻してしまいその後スラム化し、それでも我慢して暮らすしかなくなるという流れもあり得るのです。
その時になって「何のためにここまで高い修繕費をかけて工事をしてきたのだろうか?」と後悔されても工事に費やされたお金は戻ってきません。
築30年以降を経験してきたマンションが少ない為に・・・
そもそも東京などに建つ一部の長寿マンションを除くと、多くのマンションは30から40年で取り壊されてきたので、ここから先は日本の多くのマンションが経験していない為、施工会社や管理会社に十分なノウハウがない会社が多く長期修繕計画書でも重要項目を必要だと分からないまま見逃し、放置されている事も多いです。 正しい専門知識がある人が作成した計画書はこれらが抜けずに入っていますが、残念ながら現状を見る限り一級建築士が作った長期修繕計画書は非常に少ないようです。専門家以外が作成した場合、かなり項目の抜けが多い長期修繕計画書になっていますので計画書通りにお金を貯めても毎回工事の度にお金が足りなくなります。 そしてそれを知らずに何百人もの方々の人生が、その間違いだらけの計画書で台無しになろうとしていると言えます。 正直、悪質な業者さんだけがこのような計画書を作っているなら未だ仕方ないのですが、一流企業に名を連ねる会社が作っているものの一部にも大きな不備が見つかっている現在、自分のお客様だけではなくより多くの方々に1日も早く知っていただき正常化してもらえるようにブログを書くことに致しました。そうでないと行く先々で予算不足の為工事ができない状況に立ち会うことになりますし、更に有名企業の長期修繕計画書を完全に信じておられる方に小さな設計事務所の人間(私)が急にやって来て問題を指摘しても真実を理解し納得して頂くまでには膨大な説明や説得の時間を要することになりますので、事前にブログを通じて情報発信し普段から考えていただく機会を増やして頂き、少しでもその労力を減らしたいというのもございます。更にマンションの意思決定は総会にて多数決で行われますので1割の方が完全に理解されていても9割の方が全く理解されていなければお助けすることができないのです。ですので一人でも多くの方に現状に潜んでいる問題の数々を知っていただきたいと考えております。
築30から40年以降計画に必要な項目
40年を大きく超えて60年、80年持たせようとご希望の場合は12年から15年周期で計画される項目とは別に更に長周期で出てくる大きな金額が必要になりますがそれらが計画に含まれていない例が殆どですので適切な対応が必要です。 例えば45m以下の日本のマンションではタイル仕上げが多いです。これは40年以内の短期的にみればメンテナンスが少なくて済む良い素材と言えますが、それ以上長期的に安全に維持しようとすると、セメントや接着剤の強度低下で脱落しやすいうえに予測が非常に困難であり安全に管理するという観点からは不利な仕上げ材となってしまいます。
初期の修繕では打診検査で浮いたタイルを確認し補強工事や部分貼替えで対応しますが、時期が来れば危険と思われる個所を選んで、引張試験を行い判断します。でも破壊検査なので全面検査ができない為、その時は私達も余裕を見て安全側で判断せざるをえません。 壁が脱落すると通行人を直撃するなどの人身事故の恐れがあるため検査結果によっては「該当部の全面更新」をお願いすることもあります。(ちなみに長期運用を視野に入れている海外でタイルはあまりアパートメントやコンドーには選ばれない仕上げ材です。)
タイル以外にもまだ数多くの懸念事項がございます。中でも生活に大きな影響が出る部位としてライフラインの1つに該当する受水槽と配管が挙げられます。一般的な受水槽や配管の交換寿命は長くても30年から40年(その前に15年から20年で補修をしているという前提です)と考えると60年80年という長期運用では必ず1度は新品に交換する必要がありますがそうした新品交換の予算まで全て計画している長期修繕計画書はここまで拝見した中にはございませんでした。つまり昔は修繕もせず放置してたから30年で建て替えだったというのは必ずしも正しいとは言えないのです。現在の多くのマンションのように大規模修繕が実施されていても計画が適切に組まれていない場合は急激に資金不足になる為、破綻してしまい、ここまで大金を投じて修繕してきたにもかかわらず資金難が原因で結局これまでのマンションと同じように30から40年程度で寿命となってしまうというのはこのような理由からです。
是非お考えいただきたい事 マンションの想定寿命
ここで大切なことを1つ。
人生の後半で突然寝耳に水で不幸に見舞われない為にも管理組合ごとに1つ話し合っていただきたいことがございます。それはマンションの想定寿命(想定運用期間)です。
マンションごとに管理組合の皆様のお考えやご希望は大きく変わると思います。
理想としては100年でも200年でも住み繋いでいける運用が想定されるべきですが、ここに記しましたように40年を超えての長期運用はそれまでの修繕と同じ項目に加えて更なる大金を要する項目が増えます。それも1つではありません。
よって(希望してもいないのに)やみくもに長期運用ありきで計画すると積立金が無駄に高額になり過ぎますので長期運用をお望みでなければ通常計画で短期運用されたのち計画期日が来たところで一旦管理組合とマンションを解体し残金を該当者で分配してから仕切り直すのが最も理に適う事になると思います。 後半にもめるケースが多いようですが最初から決まっていれば皆さんがそれに即して人生計画を立てることができます。 人生における不幸とは急に所有していたものを失う事だと思いますので、同じ失うことになるなら計画的に失って頂きたいと考えます。
逆に60年を超えての長期運用を望まれているのに40年までの想定のように基本項目のみで計画して積み立てておられますと、それ以降の計画を作成した瞬間から突如として積立金が高額になり過ぎて払えない方が多発したり生活を圧迫することになります。
ですのでマンション購入後、管理組合を発足されましたら、できる限り早い時期に管理組合様が理想と思われるマンションの想定運用期間(30から40年・60年・80年など)を話し合っていただき、それが確定したら専門家を交えてその期間を無理なく運用できるように計画を見直していただきたいと考えます。
特に30から40年を超えての運用をお考えの場合、30から40年目以降に急激な積立金の金額値上げは多くの住民の方々の生活に影響します。同じ金額のお金を10年で貯めるよりは30年、40年で貯めるほうが月々の支払金額が小さくなりますので早い段階で長期的な視野で積み立てていかれることを強くお勧めします。